ひとりごと

2017/07/05
とどまらないこころ
4月の巡教を終えて、5月6月はゆっくり勉強でもしようと思っていたが、そうはいかなかった。

カレンダーは埋め尽くされ、境内の草はこちらの都合お構いなく無情にも伸び、お檀家に施餓鬼法要の案内を送ったのはいいけれど、塔婆を書き終えるのはいつになるのだろう。
そしていつの間にか7月である。

7月になると、あちこちのお寺さんで施餓鬼法要が始まる。7月8月が忙しいのはもはや説明することもあるまい。


月日はどんどん過ぎ去っていく。世の無常。世の中は片時もとどまることなく、移ろいでいくという真理、世の中の約束事である。

この無常という約束事は、誰の味方にもならないし、誰の敵ともならない。私たちの計らいの届かない、どうしようもない約束事である。

私の味方にならないのだから、忙しいとか、草が伸びたとか、塔婆を少ししか書いていないだとか、悪いのはすべて自分である。

「また明日」「今度やろう」私の口癖だけれども、そうやって無常の理から目をそらしている自分がいる。これを執着妄想というのだろう。

この執着妄想はどこから出ているのかというと、やはり自分の都合なのである。この私の都合が心のしこりとなって、私の心を曇らせてしまう。

そうならないように、後で愚痴をこぼさないように、なすべきことをきちんと行うことが大切だろう。


寺務所内を1匹のハエが飛んでいる。止まっているときはこちらを気にしながらも一心不乱に何かを舐め、飛び立てばどこにもとどまらず寺務所内を飛び回る。

反対に私は、このハエを叩こうか、逃がしてやろうか、飛び立てば行方を追い、頭に止まった彼(彼女)に腹を立て、とてもこの文章を書くどころではない。しかしこうしている間にも時間は過ぎ去っていってるのだ。

このハエのように、周囲に気を配りながらも、なすべきことを一心に行じて、行じているときはとどまらない心で、後で愚痴をこぼさないように努めていきたい。

月日はとどまらないのだから、心もとどめずに。
2017/05/05
上求菩提下化衆生
「じょうぐぼだい げけしゅじょう」

上は菩提を求め、下は衆生を教化する。


広大な麦畑を両目に短い2両編成の列車が走っていく。真っ青な空にこいのぼりが何とも気持ちよさそうに泳いでる。
佐賀平野の景色の一部である。


去る4月14日から26日まで佐賀県は佐賀市、小城市へ春の定期巡教に行かせていただいた。

南禅寺派の寺院10ケ寺、東福寺派の寺院1ケ寺で話をさせていただいたのである。

こちらのお檀家は説教師の話を聞くことに慣れていらっしゃるので話がしやすい。が、その分耳も肥えていらっしゃるので、最後の最後まで原稿の修正作業に追われた。


気がついたことは、多くの寺院の山門に、言葉は違えど、

「入門求菩提 出門度衆生」

という趣旨の言葉が書かれていたことだった。

門に入っては菩提を求め、門を出れば衆生を救う。


お檀家の方々はそんなお気持ちで説教師の話を聞きに来られ、そして聞き終わったら話の内容を日常生活に生かしていく。


ならば私の場合はどうだろう。
仏の教えは限りなく多い。その教えをすべて学んで実践して菩提を手にするのはいつの日になるだろう。未熟な私が菩提を手にすることなど想像もつかない。


これは「菩提を求めたら、次は衆生を救え」ということではなくて、「菩提を求めるその姿がそのまま人々の救いになっていく」ということではなかろうか。

上求菩提だけでもダメ、下化衆生だけでもダメ。上下一体となって、車の両輪となって、一歩一歩進んでいくのが仏の道、仏道ではなかろうか。

未熟な私が仏の道を一歩一歩歩んで求めていくことが、そのまま多くの人々へ教えを分けていく。


開教寺院へ赴く列車の中で、初老の女性に声をかけられた。
「足袋がきれいですね。朝から私の心もきれいになりました。ありがとうございます」

2017/04/12
好時節
境内の桜が見ごろを迎えているが、他方でもみじの新芽も芽吹きだした。桜の開花が若干遅かったように感じたので、「今年は寒かったのかな」と思ったことだが、新芽を見て自然は人間の考え(力)を超えたものがあると改めて感心した。


禅語に「平常心是道」(びょうじょうしんこれどう)がある。この言葉を中国宋代の禅僧である無門慧開禅師(むもんえかいぜんじ)が以下のように説明した。

春に百花あり秋に月あり
夏に涼風あり冬に雪あり
もし閑事(かんじ)の心頭にかかること無くんば
すなわち是れ人間(じんかん)の好時節

閑事とは、つまらないこと。つまらないことに思い煩うことがなかったら、春夏秋冬いつでも好時節である、と。

夏になれば暑いといい、冬になれば寒いと言う。春夏秋冬に限らず私たちは、「善と悪」、「得と損」などと、物事を二元的にとらえては迷い、さらにそのどちらかを選り好みすることによって、その迷いは一層深くなる。


父が作詞した曲をたまに聞いている。今までは歌詞を聞くこともなく、「ああ、いい曲だな」と思ってきたけれど、この歌詞がまたいい。

今から30年ほど前に作った曲だと思うけれど、驚くことに父が40代で作詞をしたのだ。私には到底無理な話である。


みどりのしたたる 雨の丘が好き
かわいた心が 濡れてくる
小菊こぼれる ほそ道とおり
かさをさしかけ おじぞうさまに
そっと 祈るといい
すると
私の中が ゆたかになって
ひとつのいのち いとおしくなるの
丘の尼寺は 今が春


明るい日射(ひざし)の ひろい丘が好き
くもった心が 晴れるもの
風のそよぎに ふらりと吹かれ
雲を浮かべて 水とながれる
そっと 放すといい
すると
私の中に 自由が生まれ
旅することが たのしくなるの
丘の尼寺は 今が夏


白樺林に 霧の丘が好き
とざした心が ひらくから
白いお堂の とびらをあけて
やさしいお顔の かんのんさまに
そっと つげるがいい
すると
私の中の 輪(わ)だちが消えて
生きてくことに たくましくなるの
丘の尼寺は 今が秋


小雪のふるふる 白い丘が好き
か弱い心が ひきしまる
雪にうもれた 小路を歩き
うつつにあらず 夢にもあらず
そっとまようがいい
すると
私の中に 勇気がめばえ
はばたくことが うれしくなるの
丘の尼寺は 今が冬


父が建立に携わった、千葉県富津市の佛母寺の春夏秋冬をよんだ詩である。

「そっと〜といい すると私の中〜」の一節は、安心(あんじん)ともいえる。まさに、つまらないことに思い煩うことなく、ありのままの心に立ち返った状態、すなわち平常心である。

四季折々に変化する大自然の大いなるものに身を任せ、物事を選り好みすることなく、平常心で過ごしていく。

春夏秋冬、もっと踏み込んで毎日毎日をいつでも好時節だと感じていきたいものである。
2017/04/12
立派な果実
境内の桜が見ごろを迎えている。

桜花爛漫という言葉があるように、咲き誇る華やかなイメージがある一方で、ハラハラと散っていくそのはかなげな様は、世の無常に例えられる。

世の無常とは、すべてのものは移ろい変化してやまないこと。

私たちは誰もが年老い、病になり、そして死んでいく存在である。

しかし、無常であるからこそ、子どもが大人になり、つぼみから花になるのではないだろうか。

すべてのものは壊れていく一方で、何かを生み出していくこともまた無常である。


6年前、祖父母と父の法要後に行われたお斎の席で、ある和尚がこうご挨拶された。

「泰道和尚が種をまき、哲明和尚が花を咲かせた。今度は(兄弟)3人が立派な果実を実らせてくれるでしょう」


すべてのものは移ろい変化してやまないということは、いつどこで何が起こってもおかしくはないということ。


果実が途中で落ちてしまうかもしれない。でもいつ落ちてもいいように、たくさんの栄養を吸って、小さくてもいいから少しでも中身のある果実となりたい。

「こんな実、食べられねーや」
と言われないように。

時間は待ってくれない。立派な果実を実らせるのも、自分次第である。
2017/03/14
つけもののおもし
今日は小雨の降る中、お葬式に参列してきた。
修行道場と布教師の先輩でもあり、日ごろからお世話になっている和尚様のおばあさまの葬儀である。

遺影も祭壇も戒名もすべてが美しかった。

とりわけ感動したのが、和尚様のご挨拶であった。


戦前戦中戦後の激動の時代を生き抜いたこと、お寺に嫁いだこと、夫(住職)が若くして亡くなったこと。口数は少ないが、自らの経験に裏打ちされたお話をポツリポツリと言って、説得力があり、また非常に勉強になった。
まさに、「漬け物のおもし」のような人であった。何もしていないようだけど、祖母がいるだけで周りが明るくなる、そんな存在であった。


思わず涙がこぼれたが、すぐにある詩を思い出した。

先年亡くなった、まどみちおさんの「つけもののおもし」である。


つけもののおもし
つけものの おもしは
あれは なに してるんだ
あそんでるようで
はたらいてるようで
おこってるようで
わらってるようで
すわってるようで
ねころんでいるようで
ねぼけてるようで
りきんでるようで
こっちむきのようで
あっちむきのようで
おじいのようで
おばあのようで
つけものの おもしは
あれは なんだ


一見、何の役に立っていないように見えるけれども、それがないとダメなもの。
「つけもののおもし」もその1つであろう。

漬け物のおもしの役割は他に譲るけれど、先輩が伝えたかったことはもう少し深い。

それはお寺の行事のとき、故人が一心不乱に塔婆を書いていたこと。周囲の騒々しさや夏の暑さなど、環境に左右されることのないこころ。
あるいは、住職不在の期間中、寺を守り抜いたことからも、無心になって物事を行じるその姿を「つけもののおもし」と表現したのであろう。
無心に努めてきたけれど、それを周りに誇ろうともしない、故人がいなかったら今のお寺はなかった、そんな生き様だったと。

振り返ってみて、自分は無心になって物事を行じているのか、何もしていないような人や物を見て無視していないか。自分がやってきたことを周りに自慢していないか。

「つけもののおもし」。胸にグッと突き刺さる重たい言葉である。

2017/02/05
100回目の坐禅会
今日の坐禅会で100回目を迎えた。

私がこの寺に入寺したのが平成18年6月。坐禅会を始めたのが平成19年1月。

始めた頃の参加人数は、多くて5人未満。1人ということもあった。実家の副住職をしていたときは120人を超える参加者があっただけに、物足りなさを感じたことだ。

とりわけ準備万端にしても、参加者がいないこともあった。これにはさすがに心が折れかかった。波打つ心を何とか鎮めようと一人で坐禅をした当時のこと。


渡辺和子先生の『置かれた場所で咲きなさい』に次のような一節がある。


置かれた場に不平不満を持ち、他人の出方で幸せになったり不幸せになったりしては、私は環境の奴隷でしかない。人間と生まれたからには、どんなところに置かれても、そこで環境の主人となり自分の花を咲かせようと、決心することができました。それは「私が変わる」ことによってのみ可能でした。


臨済禅師の「随処に主と作(な)す」に通じるものはないか。

受け入れがたいご縁に愚痴を言いながら、不平不満の中に、消極的にそのご縁と向き合ってしまう。しかし「環境の主人」となれば、同じご縁を目の当たりにしても、積極的に受け入れることができる。そこに小さくとも可憐な1輪の花を咲かすことができる。私を幸せにするのも不幸せにするのも自分。環境ではない。自分の心なのだ。それは私の心を転換することによって可能となる、ということだろう。

坐禅会を始めた当初のことを振り返りながら、その場その場のご縁と真摯に向き合い、いまここでできる限り心を打ち込んでいくことの大切さを改めて感じた。

いつでもどこでも「環境の主人」でありたい。波打っていた心は、もう来月の坐禅会に向いている。


今日の参加者は14名。100回記念ということで、Kさんよりお菓子を差し入れていただき、参加者で茶礼をした。

Kさん、そして参加者の皆さまありがとうございました。
2017/02/03
師父の教え
昨日は静岡のお寺様で話をさせていただいた。

2016年度下半期の通テーマが「心の転換ー『般若心経の教えをふまえて』。

聴衆は約25名、45分間の話。
聴衆は会社員、主婦、僧侶など様々。

前回も書いたが、こうした場に来られる方は非常に勉強されているので、こちらもしっかり準備しておかなくてはいけない。聴衆はお金を払って、そして時間を割いていらしているのだから。


話の後の質疑応答でのこと。

「泰道和尚や哲明和尚から教わったことで、心に残っていることは何ですか」という質問があった。


その時は申し上げなかったが、泰道和尚からは「もったいない」ということを教わった。食べ物や水、時間など人さまからのおかげで生きることができるのだから、大切にしなさい、と。

とりわけ水に関しては厳しかった。小学生の時まで一緒に五右衛門風呂に入っていたので、体を流すときにお湯をジャブジャブ使おうものなら、

「そんな無駄づかいしなさんなっ!」

と、怒られたものである。

シャワーを使おうものなら、また怒られただろう。湯船にお湯があるのに、なぜ使うのか、と。結局、泰道和尚と一緒に風呂に入ったときには、一度もシャワーを使わなかった。

「水には水のはたらきがある。そのはたらきを殺すのではなくて、そのはたらきを生かしなさい」
「一滴の水も無駄にしてはならない」

当たり前のことだけれど、大切なことである。


師父・哲明和尚には、

「断るな」

ということを教わった。


「人から話をしてくれ」といわれたら、絶対に断ってはならない、と。「断るほど偉くない」「断ったら、次に声はかからなくなると思え」とも。

「お前だからできると思って声をかけてくれたんだ。それを断ってはいけない」

話をするということは、自分が勉強をしてわずかながらでも成長できるということ。断ることは簡単だが、断ると次に話をする機会がない。話をする機会がないということは、自分が成長する機会がなくなるということ。ご縁がなくなること。いろいろあるけれど、

だから父は「絶対に断るな」と言ったのだと思う。


声がかかるだけでもありがたいこと。気にしてくださることもまたありがたいこと。

声がかからなくても、常に学ぶことを忘れず、今できることに最善を尽くしていきたい。

そうすれば、いつ声がかかっても、「準備していません」ということにはならないだろうから。
2017/01/22
話し手であり、かつ聴講者でもある
本日円覚寺の日曜説教において話をさせていただきました。
寒い中お越しいただいた方々、誠にありがとうございました。

話の中で、泰道和尚の著作を引用しましたが、もう少し詳しく記しておきます。


私の説法は初めはそれこそ学校の講義のようでした。仏教講演にならず、講義になってしまう、つまり先生が生徒に話をするようなありさまだったのです。
「仏教講演とは、そういうものではない」
と「講義」と「説法」の違いを教えてくださり、布教の一番初めのご縁をくださったのが、後藤瑞巌老師です。
そう指摘されて、はたと思いいたりました。私は、「仏教の話」を聴衆に聴かせよう聴かせようとしていたのではないか、と。自分の持つ知識の限りを尽くして聴かせようと思って説く話は、ありがたいお話には違いありませんが、とかく仏教を学問的にとらえたような難しい話になってしまいがちで、聴く方にとっては退屈そのものです。むしろ、そういう難しい内容は仏教書に書いてあるのですから、本を読めばいいわけです。それよりも、自分が聴く側に回ったときに「分かる、分かる、ぜひとも聴きたい」という気持ちを起こさせるような説法をこそ心がけなければいけない。考えてみれば、これはあたり前のことでした。
自分が聴いて「分かる、意味は深いが分かる」というような説法・・・。ここで大切なのは、皆に聴かせてやろうと思って講演することではありません。聴かせようとすると聴衆は身を引いてしまうものです。ですから、説法のすべてを自分に聴かせるようにお話しさせていただくのです。「皆さん」と語りかける言葉は二人称ですが、それら全部を一人称として受け止めていくのです。
(中略)
他に説いているようでいて、実は自分のために説いている、聴衆の第一号は話し手である、そんな一見なんとも非合理な、理屈を超越したところに立つことが肝要と、後藤瑞巌老師から示唆されました。他を感動させる前にまず自分が感動せよ、とも。
人さまに仏教のお話をしようとするときに、話し手たる自分自身が講師に固定していてはそれこそ話になりません。話し手であって聴講者になれたときこそ、聴く人の心の糧となるのだ、と瑞巌老師から教えられました。
松原泰道『龍源寺版 わたしの航跡』龍源寺、平成23年


なんとも深いですね。

泰道和尚はいつも「禅の教えは常に一人称なんだ。自分のことなんだ」と言っておりました。自分に読み聴かせ、言い聴かせる。それが自ずと人のためになっていくのだと思います。

そのためにはまず自分が学ばなければなりませんね。私よりずっと勉強なさっている方も聴きにいらしていると思いますから。

また、今日の話にもありましたが、子どもたちからも学ばせていただくことはたくさんありますし、何気ない日常にも法材はたくさんあります。

アンテナをしっかりと立てて毎日を過ごしたいと思います。

「話し手であって聴講者になれたときこそ」

なかなか簡単なことではありませんが、私もそういう説法をしていきたいと思います。
2017/01/01
謹賀新年
皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。
本年もよろしくお願いいたします。
2016/12/31
今年もあとわずか
平成28年もいよいよあと1日。

今年も多くの方からご法愛を賜りましたこと、ここに謹んで御礼申し上げます。

どうぞよいお年をお迎えください。
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