ひとりごと

2017/04/12
立派な果実
境内の桜が見ごろを迎えている。

桜花爛漫という言葉があるように、咲き誇る華やかなイメージがある一方で、ハラハラと散っていくそのはかなげな様は、世の無常に例えられる。

世の無常とは、すべてのものは移ろい変化してやまないこと。

私たちは誰もが年老い、病になり、そして死んでいく存在である。

しかし、無常であるからこそ、子どもが大人になり、つぼみから花になるのではないだろうか。

すべてのものは壊れていく一方で、何かを生み出していくこともまた無常である。


6年前、祖父母と父の法要後に行われたお斎の席で、ある和尚がこうご挨拶された。

「泰道和尚が種をまき、哲明和尚が花を咲かせた。今度は(兄弟)3人が立派な果実を実らせてくれるでしょう」


すべてのものは移ろい変化してやまないということは、いつどこで何が起こってもおかしくはないということ。


果実が途中で落ちてしまうかもしれない。でもいつ落ちてもいいように、たくさんの栄養を吸って、小さくてもいいから少しでも中身のある果実となりたい。

「こんな実、食べられねーや」
と言われないように。

時間は待ってくれない。立派な果実を実らせるのも、自分次第である。
2017/03/14
つけもののおもし
今日は小雨の降る中、お葬式に参列してきた。
修行道場と布教師の先輩でもあり、日ごろからお世話になっている和尚様のおばあさまの葬儀である。

遺影も祭壇も戒名もすべてが美しかった。

とりわけ感動したのが、和尚様のご挨拶であった。


戦前戦中戦後の激動の時代を生き抜いたこと、お寺に嫁いだこと、夫(住職)が若くして亡くなったこと。口数は少ないが、自らの経験に裏打ちされたお話をポツリポツリと言って、説得力があり、また非常に勉強になった。
まさに、「漬け物のおもし」のような人であった。何もしていないようだけど、祖母がいるだけで周りが明るくなる、そんな存在であった。


思わず涙がこぼれたが、すぐにある詩を思い出した。

先年亡くなった、まどみちおさんの「つけもののおもし」である。


つけもののおもし
つけものの おもしは
あれは なに してるんだ
あそんでるようで
はたらいてるようで
おこってるようで
わらってるようで
すわってるようで
ねころんでいるようで
ねぼけてるようで
りきんでるようで
こっちむきのようで
あっちむきのようで
おじいのようで
おばあのようで
つけものの おもしは
あれは なんだ


一見、何の役に立っていないように見えるけれども、それがないとダメなもの。
「つけもののおもし」もその1つであろう。

漬け物のおもしの役割は他に譲るけれど、先輩が伝えたかったことはもう少し深い。

それはお寺の行事のとき、故人が一心不乱に塔婆を書いていたこと。周囲の騒々しさや夏の暑さなど、環境に左右されることのないこころ。
あるいは、住職不在の期間中、寺を守り抜いたことからも、無心になって物事を行じるその姿を「つけもののおもし」と表現したのであろう。
無心に努めてきたけれど、それを周りに誇ろうともしない、故人がいなかったら今のお寺はなかった、そんな生き様だったと。

振り返ってみて、自分は無心になって物事を行じているのか、何もしていないような人や物を見て無視していないか。自分がやってきたことを周りに自慢していないか。

「つけもののおもし」。胸にグッと突き刺さる重たい言葉である。

2017/02/05
100回目の坐禅会
今日の坐禅会で100回目を迎えた。

私がこの寺に入寺したのが平成18年6月。坐禅会を始めたのが平成19年1月。

始めた頃の参加人数は、多くて5人未満。1人ということもあった。実家の副住職をしていたときは120人を超える参加者があっただけに、物足りなさを感じたことだ。

とりわけ準備万端にしても、参加者がいないこともあった。これにはさすがに心が折れかかった。波打つ心を何とか鎮めようと一人で坐禅をした当時のこと。


渡辺和子先生の『置かれた場所で咲きなさい』に次のような一節がある。


置かれた場に不平不満を持ち、他人の出方で幸せになったり不幸せになったりしては、私は環境の奴隷でしかない。人間と生まれたからには、どんなところに置かれても、そこで環境の主人となり自分の花を咲かせようと、決心することができました。それは「私が変わる」ことによってのみ可能でした。


臨済禅師の「随処に主と作(な)す」に通じるものはないか。

受け入れがたいご縁に愚痴を言いながら、不平不満の中に、消極的にそのご縁と向き合ってしまう。しかし「環境の主人」となれば、同じご縁を目の当たりにしても、積極的に受け入れることができる。そこに小さくとも可憐な1輪の花を咲かすことができる。私を幸せにするのも不幸せにするのも自分。環境ではない。自分の心なのだ。それは私の心を転換することによって可能となる、ということだろう。

坐禅会を始めた当初のことを振り返りながら、その場その場のご縁と真摯に向き合い、いまここでできる限り心を打ち込んでいくことの大切さを改めて感じた。

いつでもどこでも「環境の主人」でありたい。波打っていた心は、もう来月の坐禅会に向いている。


今日の参加者は14名。100回記念ということで、Kさんよりお菓子を差し入れていただき、参加者で茶礼をした。

Kさん、そして参加者の皆さまありがとうございました。
2017/02/03
師父の教え
昨日は静岡のお寺様で話をさせていただいた。

2016年度下半期の通テーマが「心の転換ー『般若心経の教えをふまえて』。

聴衆は約25名、45分間の話。
聴衆は会社員、主婦、僧侶など様々。

前回も書いたが、こうした場に来られる方は非常に勉強されているので、こちらもしっかり準備しておかなくてはいけない。聴衆はお金を払って、そして時間を割いていらしているのだから。


話の後の質疑応答でのこと。

「泰道和尚や哲明和尚から教わったことで、心に残っていることは何ですか」という質問があった。


その時は申し上げなかったが、泰道和尚からは「もったいない」ということを教わった。食べ物や水、時間など人さまからのおかげで生きることができるのだから、大切にしなさい、と。

とりわけ水に関しては厳しかった。小学生の時まで一緒に五右衛門風呂に入っていたので、体を流すときにお湯をジャブジャブ使おうものなら、

「そんな無駄づかいしなさんなっ!」

と、怒られたものである。

シャワーを使おうものなら、また怒られただろう。湯船にお湯があるのに、なぜ使うのか、と。結局、泰道和尚と一緒に風呂に入ったときには、一度もシャワーを使わなかった。

「水には水のはたらきがある。そのはたらきを殺すのではなくて、そのはたらきを生かしなさい」
「一滴の水も無駄にしてはならない」

当たり前のことだけれど、大切なことである。


師父・哲明和尚には、

「断るな」

ということを教わった。


「人から話をしてくれ」といわれたら、絶対に断ってはならない、と。「断るほど偉くない」「断ったら、次に声はかからなくなると思え」とも。

「お前だからできると思って声をかけてくれたんだ。それを断ってはいけない」

話をするということは、自分が勉強をしてわずかながらでも成長できるということ。断ることは簡単だが、断ると次に話をする機会がない。話をする機会がないということは、自分が成長する機会がなくなるということ。ご縁がなくなること。いろいろあるけれど、

だから父は「絶対に断るな」と言ったのだと思う。


声がかかるだけでもありがたいこと。気にしてくださることもまたありがたいこと。

声がかからなくても、常に学ぶことを忘れず、今できることに最善を尽くしていきたい。

そうすれば、いつ声がかかっても、「準備していません」ということにはならないだろうから。
2017/01/22
話し手であり、かつ聴講者でもある
本日円覚寺の日曜説教において話をさせていただきました。
寒い中お越しいただいた方々、誠にありがとうございました。

話の中で、泰道和尚の著作を引用しましたが、もう少し詳しく記しておきます。


私の説法は初めはそれこそ学校の講義のようでした。仏教講演にならず、講義になってしまう、つまり先生が生徒に話をするようなありさまだったのです。
「仏教講演とは、そういうものではない」
と「講義」と「説法」の違いを教えてくださり、布教の一番初めのご縁をくださったのが、後藤瑞巌老師です。
そう指摘されて、はたと思いいたりました。私は、「仏教の話」を聴衆に聴かせよう聴かせようとしていたのではないか、と。自分の持つ知識の限りを尽くして聴かせようと思って説く話は、ありがたいお話には違いありませんが、とかく仏教を学問的にとらえたような難しい話になってしまいがちで、聴く方にとっては退屈そのものです。むしろ、そういう難しい内容は仏教書に書いてあるのですから、本を読めばいいわけです。それよりも、自分が聴く側に回ったときに「分かる、分かる、ぜひとも聴きたい」という気持ちを起こさせるような説法をこそ心がけなければいけない。考えてみれば、これはあたり前のことでした。
自分が聴いて「分かる、意味は深いが分かる」というような説法・・・。ここで大切なのは、皆に聴かせてやろうと思って講演することではありません。聴かせようとすると聴衆は身を引いてしまうものです。ですから、説法のすべてを自分に聴かせるようにお話しさせていただくのです。「皆さん」と語りかける言葉は二人称ですが、それら全部を一人称として受け止めていくのです。
(中略)
他に説いているようでいて、実は自分のために説いている、聴衆の第一号は話し手である、そんな一見なんとも非合理な、理屈を超越したところに立つことが肝要と、後藤瑞巌老師から示唆されました。他を感動させる前にまず自分が感動せよ、とも。
人さまに仏教のお話をしようとするときに、話し手たる自分自身が講師に固定していてはそれこそ話になりません。話し手であって聴講者になれたときこそ、聴く人の心の糧となるのだ、と瑞巌老師から教えられました。
松原泰道『龍源寺版 わたしの航跡』龍源寺、平成23年


なんとも深いですね。

泰道和尚はいつも「禅の教えは常に一人称なんだ。自分のことなんだ」と言っておりました。自分に読み聴かせ、言い聴かせる。それが自ずと人のためになっていくのだと思います。

そのためにはまず自分が学ばなければなりませんね。私よりずっと勉強なさっている方も聴きにいらしていると思いますから。

また、今日の話にもありましたが、子どもたちからも学ばせていただくことはたくさんありますし、何気ない日常にも法材はたくさんあります。

アンテナをしっかりと立てて毎日を過ごしたいと思います。

「話し手であって聴講者になれたときこそ」

なかなか簡単なことではありませんが、私もそういう説法をしていきたいと思います。
2017/01/01
謹賀新年
皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。
本年もよろしくお願いいたします。
2016/12/31
今年もあとわずか
平成28年もいよいよあと1日。

今年も多くの方からご法愛を賜りましたこと、ここに謹んで御礼申し上げます。

どうぞよいお年をお迎えください。
2016/12/16
1月の坐禅会について
毎月第1日曜日に行なっている坐禅会ですが、来年1月の第1日曜は元日ですので、第2日曜の8日に行います。時間に変更はありません。よろしくお願い申し上げます。
2016/11/27
恩返し
今日は本山の円覚寺に於いて、話をさせていただいた。第4日曜日のお話、いわゆる「日曜説教」。

当初は別の和尚様がなさる予定だったが、ご都合が悪くなったので急遽担当することに。

紅葉の見頃には若干早いような気がしたが、朝早くから大勢の紅葉狩りを楽しむ見物客で賑わっていた。

今回は母親も聞きに来てくれ、その上、中学校の恩師にもおいでいただいた。

先日、先生から喪中のお葉書をいただき、亡きお母様のご供養になればとお誘いしたのである。

拙い話を聞いていただいた後、3人で管長様にもご挨拶することができた。

中学校を卒業してから約25年。まさかこうした形でお会いするとは思ってもいなかったが、仏殿や舎利殿をご案内させていただき、紅葉を横目に昔話に花を咲かせた。


「大したもんだよ」

言葉数の少ない先生からの一言。うれしかった。

善き師に巡りあいたいと思っても、なかなか巡りあうことはできない。しかし私は幸運にも巡りあうことができた。


お世話になった先生に何ができるのだろう。

それは健康でいること、そしていま自分が為すべきことを熱心に努めていくこと。

まだまだ足りないけれども、少しずつお返ししていこうと思う。
2016/11/12
現代禅研究会鎌倉勉強会
亡き父が主宰をしていた若手和尚の勉強会である「現代禅研究会」。別名「松原学校」。

主に布教師が中心だが、布教師を目指す和尚も参加する。

参加する和尚は北は秋田から、西は佐賀県から。
毎年東京と軽井沢で研修を行い、それ以外にも所属するメンバーの自坊付近でも開催する。松山とか福井とか。

今年は円覚寺の管長様のお話を拝聴させていただきたいということで、11月9日と10日、円覚寺で開催された。メンバーの中に円覚寺派の和尚は私のみで、自然と私が幹事がすることに。

ホテルの手配から食事場所の手配、移動手段、研修会の内容、時間割など、慣れない作業に悪戦苦闘するばかり。

さらにタイミングの悪いことに、部内寺院の行事が重なり、研修会→部内寺院→研修会→部内寺院と、実に慌ただしかった。
とりわけ10日は幹事不在の研修会となり、多くの方に迷惑をかけてしまった。

管長様にはお忙しい中、「禅門における観音信仰について」のお話を90分、そして質疑応答の30分、計2時間のお話をいただいた。
身近なたとえ話などを用いて実にわかりやすく、あっという間の2時間であった。

感じたことは、
人の話をよく聞くことの大切さ。
相手に話が伝わるにはどうしたらいいのか。
一方的に話すのではなく、声の質、大きさ、トーン、リズム、表情の大切さ。
難しい言葉を使わない。

他にもいろいろあるが、話の内容ばかりに目が行きがちだった自分を省みる非常に有意義な時間であった。

これからも多くのことを学び、伝えていきたい。

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